オカルトとネガティブケイパビリティ

考えたこと

こういうのって大切だよねって思ってたことに、ひょんなことからネガティブ・ケイパビリティって名前があることを知った。そういうのは面白い。やっぱり名前あるんだみたいな。ただ、どうも日本語としてある程度定まった用語にはなってないっぽい。日本語で説明するなら何だろう、不確実性への需要能力、的な?。

この考え方自体は、いろんなところに応用が利くというか汎用的な概念なのだけど、今回はオカルト的なものにおけるネガティブ・ケイパビリティについてつらつらと。

従来のオカルトというのは、世の中には科学では割り切れ居ないものや分かっていないものがあるよねっていうのが前提としてあった気がする。

もちろん、そこに理由や原因、物語を作り出していくという要素はあったのだけど、最後はやっぱりよくわからないねみたいな感じになりがちだったり、世界にはまだまだ不思議で、人知の及ばないものがある的な落としどころだったように思う。

翻ると、最近のオカルト(陰謀論といってもいいかもしれない)は、むしろ逆で。この不確実性(よくわからないもの)への恐怖から、それに理由をつけて説明可能にしているというもののような気がする。

ただ、そもそも「世界にはまだまだ不思議で、人知の及ばないものがある」わけで、そうなると何か説明可能な何かを無理やり引っ付ける必要がでてくる。そこで便利なのが陰謀論。

これは同じオカルト的なものを語っているのに、スタンスとしては全く逆の立場であるというのが面白い。時代的な変化なのか、世情的な変化なのか、それともなんらかの要素が影響してたりするんだろうか。

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