2019年4月スリランカ爆破テロ・緊急支援(Yahoo募金)

 募金ルールに従って今月15日分の募金をやっておく。毎月15日、一口1,000円なり。

 今回はスリランカで起こったテロ。世の中でこういう話が聞こえてくるとイスラム教に対しての目が厳しくなっていく。非イスラム教徒な人たちからすれば「同じイスラム教でしょ、仲間でしょ」ってなるのはそりゃそうかなと思わなくはない。

 一方で、こういうテロが仏教やキリスト教の名のもとに行われたとき、それぞれの宗教の人たちはどういう反応をするんだろうというのも気になる。キリスト教なら教皇が破門を言い渡すのかな、仏教ならどうするんだろう。ただの一般信徒はどうするんだろう。どうしたらいいんだろう。

 そういう意味では各宗教のえらい人たちに、自分たちの信じるものの名前がテロリストに使われたときにどういう対応をするのか、信徒にはどういうふうに行動をしてほしいのかをまとめてもらえると、いままさにそれに直面しているイスラム教徒の人たちに何かの参考になるかもなぁっと思いました。

インド洋に浮かぶスリランカ最大の都市コロンボなど3都市で、4月21日、教会やホテルなどを狙った複数のテロ事件が発生し、日本人を含む250人以上が亡くなりました。

負傷者の数は500人以上におよび、発災から数日が経過した今も、病院や避難所に身を寄せる人々が大勢います。

2019年4月スリランカ爆破テロ・緊急支援

日本語教育が必要な子どもに、オンライン授業を!(Yahoo!基金)

募金ルールに従って今月15日分の募金をやっておく。毎月15日、一口1,000円なり。

今回は教育系。今までの募金の履歴をみていたけど、あんまり教育系にやってなかったのでチョイス。この話題については特に身近な問題意識があるわけではないんだけど、まぁ起こりうるよねくらいかな。

全国の学校に43,000人以上-日本語教育必要な海外ルーツの子どもたちに、専門家によるオンライン授業を届けます!
今、全国の公立学校に日本語がわからない、海外ルーツの子どもが増えています。その数、43,000人以上。これらの子ども達のうち10,000人以上が学校で日本語教育について何の支援も受けられずにいます。

「NICO|にほんご×こどもプロジェクト」は、こうした無支援状態の子ども達のために、子どもの日本語教育専門家による授業をオンラインで配信することで、支援のない地域に暮らしている子ども達でも、インターネット上で日本語を学ぶことができる取組みを2016年秋から続けています

日本語教育が必要な子どもに、オンライン授業を!(Yahoo!基金)

VRについてのフィクション雑感

VRって最近よく聞くけど、この後どういう風に使われていくのか気になるよねって話。

VRとレディプレイヤー1

 少し前の映画になるけど、レディプレイヤー1は面白かった。要するに仮想現実の世界と現実の世界が微妙にシンクロした世界の中で、現実の世界に失望した人たちが少しずつ仮想現実の世界へ軸足を移していっている世界の話だったのだと思う。

 ストーリーや世界観は面白かったので良いのだけど、それ以外の見どころとしては、仮想現実の世界へ入り込むための道具に様々なバリエーションがあるけど、貧富の差や状況によって色々な格差があるってあたり。

 一番安いパターンは仮想空間をみるためのゴーグルと触覚の一部を再現するためのグローブ。仮想空間の中を歩くためには現実世界でも歩く必要があるので、狭い部屋の中だとすぐモノにぶつかって痛い目にあう。ランクが上がるとグローブだけじゃなく全身タイツみたいなものを着て全身の感覚を感じることができるようになるし、足元にウォーキングマシーンみたいなベルトコンベアがついて実際には移動しなくても歩けるようになる。もう少しレベルが上がると宙吊りになって自由に体を動かせるようになったりする。

 最上級くらいになると、立派なソファーみたいなのにゆったり座って体を動かさずに仮想世界を動き回れるようになる(多分そうだよね?)。

 もちろん頭ではわかっていたけど、いまアトラクション施設なんかで体験できるVRってのは結局アトラクションだから可能なんだなぁっと気づかされる。現実問題として狭い環境で実際に体を動かしながら仮想世界を味わうってのは難しいよね。

VRとSAO

 結局のところ、VRアトラクションはアトラクションの世界に留まるんだろうと思うと、次に思い出すのはソードアート・オンライン(SAO)。これは仮想世界と現実の体の動きをシンクロさせるんじゃなく、脳に信号を送って「さも仮想世界にいるように感じさせる」って方向性。脳に信号を送るので感覚もあるらしい。

 こういう仕組みなので、仮想世界で活動するときは現実世界の肉体は眠っているのと同じような状態になる。要するにベッドの上に寝転がってゴーグルつけて寝ている。これは本編でも度々触れられているんだけど、すげー怖いよね。近くに誰かがいても気が付かないし、なにかされてもわからないかもしれない。劇中の人たちは良く平気だなぁっと思うくらい。

 もちろん、今のところそういう技術が確立されて普及しているわけではないけど、VRヘッドセットで動画を見るとかは今でもできるわけで同じような感覚を味わうこともできる。やってみると感覚的には寝ているのと変わらないと思うんだけど、なんというか怖い。寝ているときはなんとも思わないけど、VRヘッドセットをつけているときは目隠しされて転がされているようなそんな気持ち。

AR

 少し似たようでいて似ていない話のAR。これは現実の世界を基調としつつ、現実世界の中に仮想現実の世界を重ね合わせる事ができる話。イメージしやすいのはドラゴンボールのスカウター、ポケモン GOなんかかな。これはあくまで現実世界をベースにしているので、身体の感覚や動きは現実と変わらないんじゃなかろうか。

VRはどういう風になっていくのだろううか

 結局なにか言いたいことがあるわけじゃなく、単純にレディプレイヤー1的なVRも怖いし、SAO的なVRも怖いよねって思います、ってだけの話。ただ、どちらかを選べと言われればSAO的なVRを選びたい気はする。かなり怖いけど。まぁ、今挙げたようなもの以外のVRってのも出てくるとは思うんだけどね。たとえば、遠隔操作ってのもVRの一つかもしれないし。

 って話をレディプレイヤー1を見たときに思ったけど、すっかり忘れてて、さっき思い出しました。

王様の耳はロバの耳

 前から思ってたけど、誰にも話す機会がなかったことなど。

 SAO関連の展開でヒロインである「アスナ」をARにしてみたとかVRにしてみたとか目覚ましにしてみたとかって話がよくあるけど、それって実際に遊んでるプレイヤーはどう考えも須郷伸之 視点だよね。

 SAO オーディナル・スケールを見ると、ARすげーな、みんなどんだけ動けるんだよとか色々思って夢が広がるけど、現実のARイベントはポケモン GOだよね。いや、良い悪いじゃなくて、みんな手元のスマホを見てじっと動かない感じ。そりゃ動き回ると危ないしね、そりゃそうだよね。

 今調べてわかったけど、王様の耳はロバの耳の元ネタになった王様は、触るものすべて金にした王様と同じ人だったのか。えらい濃すぎる王様やな。ちなみにミダースって言うらしい。でも歴史的には、ミダースは紀元前8世紀後期のプリュギアの王として知られている。プリュギアには「ミダース」という名前を持った多くの王がいたってことなので、よくわかんねぇな。

平成30年大阪府北部を震源とする地震緊急支援募金 (Yahoo!基金)

募金ルールに従って今月15日分の募金をやっておく。毎月15日、一口1,000円なり。

最近、地震多いなぁ。大阪だけじゃなくて、結構日本全体で起きているような気もするのが嫌な感じ。そういえば海外でも地震多い気がする。

6月18日午前7時58分ごろ、大阪北部で震度6弱の地震が観測され、死者5人、負傷者332人、住宅の半壊数29棟、一部損壊が1,911棟の被害が発生しています(大阪府災害対策本部6月21日18時27分発表)。
同日、大阪府は12市1町に災害救助法の適用を決定しました。

これらの状況と大阪府の義援金受付の動きを受けて、Yahoo!基金では被災地や被災者支援を目的に緊急支援募金の受付を開始いたします。

平成30年大阪府北部を震源とする地震緊急支援募金

自分の思う怪獣映画ってこんなもの

特撮というか怪獣モノが好きでゴジラとかそういうのをよく見ていた子供だったけど一時期は離れてたし、大人になった自分がノスタルジーではなくちゃんと楽しめるような怪獣モノが出て来るとはあんまり思ってなかったので、ここしばらく特撮モノ、とくにゴジラ周りの動きが活発になって嬉しい限りです。

で、自分としてはシン・ゴジラにしろ怪獣惑星にしろ楽しめたんだけど、そういえば自分の思う怪獣映画ってなんだろうってことを思い返してみたわけです。いくつかの要素はあるんだろうけど、大きくはこんな感じなのかな。

  1. 巨大ななにかが出てきて人間に被害が出ます
  2. 人間は一生懸命攻撃しますが、怪獣には効きません
  3. 物語は終了しますが、事態は全く解決しません

怪獣映画というのだから巨大な何かが出てくるし、正体はわからないほうがいい。なんかいきなり出てきて、よくわからないまま人間に危害がでます。それに対して人間は一生懸命攻撃しますが、全く歯が立ちません。原始的な武器を使っても通常兵器を使っても特殊兵器を使っても怪獣には効きません。この時人間は諦め半分ではなく、必死になって対応しますが全く効果はありません。そして何らかの原因で物語は終了しますが、事態は全く解決しません。万が一、怪獣が倒されたとしてもそれは次の始まりである可能性が示唆されたり、怪獣は立ち去っただけでいつまた襲われるかもわかりません。結局、人間は一時しのぎ、時間稼ぎにしかできないのです。

みたいな映画が怪獣映画なんじゃないかなぁっと思うのです。もちろん単純化しすぎていて、この枠組だとあれは怪獣映画じゃないじゃんみたいなことも多々あるでしょうけど、枠組みなんてそんなものです。

でも逆に、それほど大きくもないよく知っているモノが出てきて、人間は片手間で攻撃したり、一生懸命攻撃すればそれが倒せて、すべて解決してハッピーエンドで終わるような映画は、多分怪獣映画ではない気がします。そういう映画が面白いとか面白くないとかではなく、それは違うジャンルの話では無いかと思うのです。

最後のところは若干ゆらぎがありそうですが、人間がすべて解決できるなら、そもそも怪獣というのは一体何だったのかみたいな話になってしまいます。初代ゴジラとかは、なんだかんだ倒せてますけど、山根博士も「あのゴジラが、最後の一匹とは思えない。もし、水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類が、また、世界の何処かに現れて来るかも知れない……」とか言ってますし。それに「怪獣映画」というフォーマットのない世界の話をそういうフォーマットができた後に当てはめようなんてのはね。

まぁ、考えていけばいろんな条件が出てくるんだろうけど、ぱっと思いつくのはこんな感じかな。

サービス名や商品名に駄洒落やオヤジギャクが多いことに関する一考察

 世の中のサービスや商品の名前にやたらオヤジギャクというか、ダジャレというか、そういうネーミングセンスをよく見るよねって話で。傍から見ていると、どういうセンスしてるんだよとか、会議室で酒でも飲みながら考えたのかよみたいな感想を抱きがち。

命名現場に居合わせた

 だけど、先日その現場に居合わせると、あーなるほど、そういうメカニズムがはたらいてるんだなぁっと納得してしまった。要約すれば、名付けは難しいというだけの話。

名付けにも理由付けが必要

 だいたい名前をつけるってのはすごいセンスと責任が発生するわけで本当は誰もやりたくない。うっかり間違って厨二病的な名前を提案してしまえばきっと冷たい視線を受けるだろうし、変に凝った名前をつけても調子に乗ってると思われる。かと言って無難そうな名前をつければ所詮この程度かなんて反応をもらってしまう。

 しかも名前を多数決で決めようなんてしたらみんなを納得できるような由来なり根拠なり無いといけないんだろうけど、そんなものが一々あるわけじゃない。

そんなことを言われても

 いきなりこのサービスの名前は「ほにゃほにゃ」なんて理由もなく言われても困っちゃう。できれば「この名前はカクカクシカジカという由来があります」なり「マルマルサンカクな調査の結果です」なんて言えればいいけど難しい。

 よくありそうなのは「この名前は女性ウケを狙いました」とかだけど「それホント?」と問われたらまた困っちゃうし、うっかり社内でアンケート取りましたとか言っちゃいそう。そんなのをみんなに納得させるなんて無理無理。

オヤジギャクで乗り切ろう

 そこへ行くとオヤジギャクと言うかダジャレはすごくわかりやすい。言われた方も、あーオヤジギャクねとか、ダジャレだなとは思うしダサいなぁって思うけど、一瞥してそう分かるんだから意味がある。

 逆に反対して対案を出せなんて言われると、今度はオヤジギャクでもダジャレでもない名前を考える必要がでて自分のセンスが問われてしまう。自分がすげーコピーライターだったら攻めて行けるけど、普通の人ならたぶん無理。

そしてこうなった

 かくして新しいサービスやら製品にはオヤジギャクというか、ダジャレというか、そういうネーミングセンスをよく見るよねって話につながっていくんじゃないかなぁっと思うのよね。もちろん、そこにサービスや製品に対する愛があるかどうかってのはまた別の話。

でも、逆にセンスを発揮すると困ることも

 あと、これと似た話で一般名詞や一般動詞を名前にしてしまうググラビリティの低いネーミングセンスも同類じゃないかなぁっと思うんだけど、その辺は機会がなくて見たこと無いのでよくわからない。多分、もう面倒だからそのものの名前なら反対もないだろ的なところな気はするんだけどね。

 ただ、こちらは検索に引っかかりづらいとか話しづらいとか実害が伴うので逆に厄介な気がしないでもない。

Chrome でメモリが足りませんとエラーになる件に対応する

使っているPCのスペックが低いせいか、Chromeを使っていると頻繁に「メモリが不足しています」的なエラーが出て全タブが死んでしまうことが多発する。一度なってしまうと、全部のタブが死んでしまう上に、タブを閉じても再発しやすくどうしようもない。

こりゃぁ、PCをどうにかしないとだめかなぁっと思っていたんだけど、ググった結果、以下のような設定をすることで、だいぶ症状が軽減された。今までは一日に一回くらいは起こっていたのが、週に一回くらいになったので、まぁしばらくは延命できるだろう。

追加したのは、Chrome起動用のショートカットに以下のオプションを追加するだけ。パラメータの1の部分は環境に合わせて調整すればいいらしいけど、1でもとくに問題ないのでこのままでやっている。

--renderer-process-limit=1 

ググって見つけたサイトは以下。詳しい設定は以下にあるので参考に。

処理流暢性について思うこと

「処理流暢性」ってなに?→「わかりやすい=真実」にみえてしまう心理です。という話を読んで。

要するに人間はわかりやすいものを信じてしまうって話なんだけど、結構根深い話なんじゃないかと思うんだよね。例えば昔は字をきれいに書くことが教養の一部だったりして、子供の頃に「ちゃんと字をきれいに書きなさい」なんて言われて「別に読めればいいだろ」みたいに思ってたけど、そうじゃなかった。

あれは特に意識がなかったにせよ、きれいな字を書いたほうが人にわかったと思ってもらいやすいって話につながっていくんだ。特に昔のようにみんな手書き、筆記用具もしょぼいような世界なら、まさにきれいな字を書くことが自身の評価に直結するんだろうなぁ。

また、世の中のカルトや陰謀論、リンク先に出てくるようなプロパガンダ的な話だと世界を単純な善悪の二元論に落とし込んでるのをよくみるけど、あれも話を簡単にして人に信じてもらいやすいようにしていたんだ。

あと、よく聞く「本当に頭のいい人なら人にわかりやすく話ができるはず」という話も、実際は因果が逆で「わかりやすい話をしている人は真実を語っている(と思う)」ということなわけで。なんというかいろんな物事が腑に落ちてしまうような気がしてくる。

そこら辺を考えていると、孔子の「巧言令色鮮し仁」って言葉もなるほどと辺に納得感が出てきてしまう。ほんとにそこまで考えていたのかはよくわからないけど。

最近流行りのUI/UXみたいなデザインの話だって結局のところここに辿りつきそう。Keep It Simple, Stupidって話だってやっぱりここに辿りつく。世界は簡単な法則の組み合わせでできているという話ももしかするとここにつながっているのかもしれない。

そうやって考えていくと、色々な「良いもの」がこの話にひっついていきそうで、すごく違和感というか、本当に大丈夫なんだろうかという不安な気持ちになってくる。

もしかすると、いままで「良いもの」だと思っていたものが、単なる認知バイアスの問題だったんじゃないか、単にわかりやすいから良いと思ってたんじゃないか、本当はもっと他に良いものがあったんじゃないか、なにか取りこぼしてきているんじゃないか、そういうよくわからない話になっていきそう。

でも、この話は本当なんだろうか。あまりに簡単に色んなものが説明できて、わかりやすい話なんだけどさ。

マニュアルの作成について考えてみる

色々なものについてマニュアル化を進めたい。一々考えたくない
→ ヒアリング事項や気をつけること、その他など
→ 目を通しておくべき資料など

一種のチートシート

それをどのような形でひとまとめにするかどうかがネック

綴る方法について

  • クリアファイルにまとめる
  • バインダーに綴る(2穴、30穴)
  • 適当にホッチキス

クリアファイルにまとめるのは、お手軽で良いがページの枚数が多くなってくると管理が間に合わなくなってしまう。ホッチキスではページの差し替えが不可能。バインダーに綴るのは素晴らしいが、2穴だと穴が飽きやすい。そこで、この間買った30穴のパンチを使って綴じてしまうのが良いのではないだろうか?

イメージ的には、今使っているバインダーとは別のバインダーを使用してページを挟んでいくのが良さそう。インデックスがないと不便なのでインデックスを使いたいがページを差し替えた時に一々インデックスまで差し替えていると大変。仕切りを買ってくるのが良いのではないだろうか?

どのようなフォーマットで書くか?

現在はExcelにまとめて書いているが、それで良いのか?

どこからでも参照できる点を考えれば、DropboxにやはりExcelの形で突っ込んでおくか、Evernoteに綺麗に入ればいいのだけど、なんとも言えない。

基本的にはチートシートよろしく一覧形式になるため、Evernoteでは厳しいような気がする。特にA4一枚に納める技術が難しそう。テーブルを駆使すればできるのだろうか?でも縦の長さをどうやって納めればいのかわからない。

でも、ぶっちゃけ仕事中はiPadを持ち歩いているのだから、素直にEvernoteに突っ込んでおいて印刷を考えないってのはかなり有りな考え方じゃなかろうか。変更の度に印刷するのも面倒くさいし。折角買ったパンチはお蔵入りしてしまうけど、それはそれで使い道があるだろうと思う。そのためにはEvernoteでチートシートを作成する方法を考えなくては。

ちょっと調べてみたけど、Evernoteできれいなチートシートを作成する方法は難しいそうな気がする。困った。適当なチートシートを収集しつつ、のっぺらぼうに書いていくのがいいのかもしれない。

どうするか?

一先ず、手始めにチートシートを収集するところから始めてみてはいかがだろうか?結果、Evernoteで使ってみて、紙のほうが便利なら、そこから印刷をして綴るようにしても悪く無い。とりあえず、集めてみよう

で、ちょっと集めてみたけど、ぶっちゃけググったほうが早くないか?これ?と思わなくもない。それよりやっぱりマニュアルをどうにかしたほうがいいのではないだろうか?

ちょっとやってみた感想

なんかコレジャナイ感が溢れてくるのはなぜだろう。Evernoteで割りといい感じにレイアウトできないのが問題ではないだろうか。EvernoteのノートのHTMLを直接弄ってきれいっぽいテーブルを買いてみても、なんか全体的なバランスが取れない。そういうのをまとめるのに向いていないのか、もっとちゃんと一覧っぽくしてみないとダメなのか。

ちなみに、こんな感じのちょっとした文章を書く分にはそれっぽく見えていい感じなんだけどなぁ。

印刷について

そもそもA4に納めようとすることがナンセンスなんじゃないこと思い始めた。そんなのは必要ができてからがんばればいいことで、必須な項目じゃないのではないか?一度素直に単純なリストに変換して使ってみることから初めてみればいいのではないだろううか?そして、印刷の要ができてから改めてちゃんとしたフォーマットに落としこむようにしてみよう。まずは手始めにそうしてみよう。

せっかくExcelにきれいにまとめ始めていたけど、考えてみればそうしたほうがよっぽどスタートラインとして適切かもしれない。パンチは後で使うよ、きっと

Evernoteをブログのストレージにする

現在、ChangeLogで運用しているブログをEvernoteに置き換えることはできるか?
現在は覚書的なことばっかりを書いているけど、もう少し思考的なことや日々の記録的なことを書いていきたい。が、今はPCのエディタがないと書きづらく敷居が高い。スマホで下書きしてコピペするのも二度手間っぽくて嫌だ。

メリット
– スマホなどでも書きやすい
– ファイルなども同時に管理できる
– 今風っぽい

デメリット
– 作るのがめんどい
– 検索がめんどい
– ネット環境とブラウザが必要

既存サービスの利用については、あまり使いたくない。一つはEvernoteへのアクセス権をバラ撒きたくないこと、一つはサービスの継続性に問題があること。

正直に言えば、Dropboxと連携したAndroidのChangeLogエディタがあればそれが素晴らしいのではないかと思うけど、あまりありそうにない。

いや、単純にEvernoteで下書き書いて、Changelogにコピペすればいいんだけどね