扉と小石

お話を作った

むかしむかし、ある山のふもとに小さな村がありました。村の男たちは山に入っては木を切ったり、狩りをしたりしていました。村の女たちは山から流れてくる川で魚を取ったり洗濯をしたりしていました。村は山と一緒にあったのです。

そんな身近な山でしたが、村人もわからないことがありました。それは扉です。山の中腹にある洞穴へ少し入ったところに鍵のかかった扉があるのでした。この扉は、村の長老がまだ少年のころ、その時の長老がまだ少年のころ、その長老がまだ少年のころよりずっと昔からあったということでした。ですが、村の誰も鍵なんて持っていませんでしたし、開いているところを見たことがある人はいませんでした。

そんなに昔からあったので、村人は誰もその扉のことを気にもしていませんでした。ただ、山の中腹にある洞穴は急に雨が降った時に逃げ込んだり、刈っておいた薪を置いたり、そんな風に使われておりました。

そんなある日、一人の少年が洞穴へ駆けていきました。少年は一人で山に入り薪を取ってくるところでしたが、急に雨に降られてしまったのです。夏の暑い頃合いでしたので寒くはありませんでしたが、雨はどんどん強くなりますし、雷もどんどん大きくなってきます。少年はひとり洞穴の中で雨が止むのを待っていました。

どのくらい待ったでしょうか。雨がちっともやまみません。少年は洞穴の奥のほうにある扉に近づいて暇をつぶし始めました。昔からある扉ですが、じっくり見るのは初めてです。扉はしっかりとした作りで、隙間から奥を見ることはできそうにありません。錠前もピカピカしていて村にあるどの錠前よりきれいでした。ただ、不思議なことに鍵を差し込めるような穴が見当たりません。本当に不思議な扉でした。少年は扉をぺたぺたと触り始めました。そのうち扉はひんやりと冷たく気持ちよかったので、ぺたっと背中をくっつけてうとうととうたたねを始めてしまいました。

そんなときです。引っ張られたような気持ちがして少年は急に後ろに倒れてしまいました。びっくりした少年は目を開けて周りを見回してみましたが、あたりは真っ暗で何も見えません。慌てて起き上がろうとすると、何かに頭をぶつけてしまいました。おそるおそる手を伸ばすとひんやりと冷たく気持ちの良いものに触れました。

少年は手探りでそのひんやりと冷たく気持ちの良いものをペタペタと触り始めました。それはさっきまで背中をぺたっとつけていた扉のようです。どうやらいつの間にか扉の反対側へ転がってしまったようでした。

慌てて扉を開けようとしますが扉を開けることができません。手探りで取っ手を探しても見つかりませんし、押してもびくともしません。少年は扉を叩きながら大声で叫びましたが、誰からも返事はありませんでした。真っ暗ななか、扉の向こう側に閉じ込められてしまったのです。少年はとうとう泣き出してしまいました。

どのくらい泣いたでしょうか。泣きつかれて少し眠ってしまった少年はふと奥のほうに小さな小さな明かりのようなものがあることに気が付きました。それは松明の明かりのようでもあり、月の光のようでもあり、それでいて少しふわふわとしている虫の光のような小さな小さな明かりでした。

少年は光に向かって歩き始めました。暗くて何も見えませんでしたが、地面はなめらかでしたのでこけたり、けがをしたりすることはなさそうです。それでも走ったりせず、一歩一歩確かめるように光に向かって歩き始めました。

どのくらい歩いたでしょうか。小さかった光は少しずつ大きくなり、光のあるほうから風も吹いていることに気が付きました。少年は我慢できずに走り出しました。走るたびに小さかった光は少しずつ大きくなり、外の風景も見えるようになってきました。

外に出た瞬間、少年はあまりのまぶしさに目がくらんでしまいました。少しずつ目を開けると、そこには小さな泉がありました。泉からはこんこんときれいな水が湧き続けていて、そこから小さな川が流れでていました。少年はその川の水を飲んで渇きをいやし、足を洗って疲れをとりました。

やっとのことで一息ついた少年は、はてここはどこだろうと考え始めました。村は山と一緒にあったのでたいていのところは知っていましたし、こんなきれいな泉なら子供たちなら毎日でも遊びに来たいだろうと思うのに、こんな泉は見たことも聞いたこともありません。

そんなときです。少年は声を聴きました。いや、それは声というより、どこからか聞こえてくる木の葉の擦れ合う音のような、吹き抜ける風の音のような、泉から湧く水の音のような、そんな音のような声でした。

声は少年に語り掛けます。あなたはなぜここに来たのですか?あなたはその人なのですか?いまはその時なのですか?と。少年はわけが分かりませんでしたが、ここに来た経緯をどこへ向かってでもなく話始めました。

声は少年に語り掛けます。あなたがここに来るには少し早かったようです。今からその村に帰して差し上げます。そこの祠の中にある石を一つだけ持っていきなさい。そしてその小さな川にそってしばらく歩いていけばあなたの村に帰り着くことができるでしょう。

少年があたりを見渡すと、確かに泉のそばに祠がありました。その祠は村にあるような祠とはぜんぜんちがう形で、ほんとうに小さな、小さな祠でした。その祠の中には石がたくさん置いてあります。大きい石から小さな石、きれいな石からそこらへんに落ちていそうな石、いろいろな石がありました。

声は少年に語り掛けます。石は一つだけしか持って行ってはいけません。川に沿って歩くときは川の反対側にわたってはいけません。石を二つ以上持っていけば、川は途中で途切れてしまいます。川の反対側に渡ってしまえば、二度とこちら側にたどり着くことはできません。

少年は声にお礼とお別れを言った後、言われた通り、少し青みがかった小さな石を一つだけ持って、川づたいに歩き始めました。別れ際、声が少年に語り掛けてきました。あなたはまたもう一度ここに来ることになるでしょう。その時は、その石を持って、あの扉までいらっしゃい。

少年はなんのことだかわかりませんでしたが、もう一度お礼を言って歩き始めました。少し青みがかった小さな石を握りしめ、川の反対側に渡らないよう気を付けながら、ゆっくり下っていきます。

しばらく歩いたところで、さっきのはいったい何だったんだろう、あの声はいったい誰の声だったのだろう、とふと考えた瞬間、気が付くと少年はあの洞穴の鍵のかかった扉の前で目が覚めました。少年はうたた寝していたようです。

雨はすっかり止んでいて、晴れ晴れとした空が広がっていました。そして、びっくりした少年の手には少し青みがかった小さな石が一つだけ握られていました。

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お題の目は、まさかりみたいなの、鍵みたいなの、意匠のあるガントレットみたいなのでした

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