むかしむかし、あるところに手紙の配達人がいました。手紙の配達人は、あっちの村とそっちの村を行き来して手紙や荷物を運ぶことを仕事にしていました。その仕事は配達人のおじいさんのおじいさんの、そのまたおじいさんから、ずっとずっと続けていた仕事でした。
配達人が行き来していたあっちの村とそっちの村は少し離れていましたが大変仲が良い村で、それはずっとずっと前からでした。あっちの村の娘さんがそっちの村にお嫁に行ったり、そっちの村のお父さんの弟があっちの村にいたり、二つの村はずっとずっと仲良しでしたので手紙を配達する人はいっつも忙しくしていました。
そんなある日、配達人がいつもの通りそっちの村からの手紙をあっちの村に届ける途中、二つの村のちょうど真ん中くらいに差し掛かった時、道端になにかが落ちていることに気がつきました。配達人はなんだろうと落ちているものに近づいてみるとそれは何かが入った袋でした。
配達人が中を開けてみると袋の中には古ぼけた箱が一つと「こっちの村の村長さんへ」と書かれた一通の手紙が入っていました。配達人は「この近くにはこっちの村なんてのはないはずなんだけどなぁ」っと不思議に思いましたが、手紙をそのままにはできなかったので、一旦袋をもってあっちの村へ配達に向かいました。
あっちの村に着いた配達人は、いつも通り配達を終わり、村長さんのところを訪ねました。村長さんはにこやかに配達人を迎え入れると「配達人さんやどうかしたのかい」と尋ねました。配達人は、村に来る途中で古ぼけた箱とおかしな手紙の入った袋を拾ったことを話しました。
村長さんは手紙を読んで「たしかにそんな村はこの辺にはないはずだがなぁ、とりあえず箱を開けてみよう」と言い、古ぼけた箱を手に取りました。村長さんが箱を開けててみると中からは宝石がたっぷり使われた首飾りが出てきました。
配達人はびっくりして村長さんに言いました「僕は盗んだりなんかしていません、信じてください」、村長さんはわかっているよと声をかけた後、真面目な面持ちでこう言いました。「この荷物はこの村とそっちの村の間くらいに置いてあったそうだが、正確にはどちらに置いてあったのかね?」。配達人は言っている意味がわからずキョトンとしてしまいました。
村長さんはもう一度「荷物はどちらの村側に置いてあったんだね?」と言いました。困ったのは配達人です。荷物は二つの村のちょうど間くらいにありましたので、どちら側とも言えません。村長さんは重ねて「ほんの少しばかりかもしれないが、この村に近い方にあったんじゃないかね?もしそうなら手紙にある『こっちの村の村長』とは私のことなんじゃないかね?」と言いました。
配達人はだんだん分からなくなってきました。そう言われればこの村に近い方にあった気がするし、それならこの荷物は村長さんに渡してしまって問題ないような気がしてきます。悩んだ配達人は村長さんに「この村に近い方にあったような気がしますので、荷物は村長さんにお渡しします」と言いました。村長さんはうなずくと「配達ごくろうさま、これからもよろしくね」と言いました。
配達人は村長さんの家を出で、今度はそっちの村へ配達に出発しました。二つの村は仲が良いので配達する手紙はたくさんあります。
配達人がそっちの村に近づくと、村の様子がいつもと少し違うことに気がつきました。村の入り口にみんな集まって、どうやら誰かを待っているようです。配達人が到着するとすぐに村長さんの家に行くように言われました。家につくと村長さんがにこやかな顔で出迎えてくれながらこう言いました。「なにか私に荷物があるのではないかね」。
配達人は「今日は村長さん宛の手紙はありません」と答えると、村長さんは険しい顔になって「『こっちの村の村長へ』と書かれた手紙と古ぼけた箱だよ」と言いました。配達人はびっくりしてしまいました。なんで村長さんはそのことを知っているんだろう、本当はこの村の村長さん宛ての荷物だったんだと思いました。村長さんは続けて「あの荷物はこの村側にあったと思うんだが、本当にあっちの村側にあったかね?配達人さんの勘違いだったんじゃないかね?」。
配達人はだんだん分からなくなってきました。そう言われればこの村に近い方にあった気がするし、それならこの荷物は村長さんに渡さないといけなかったかもしれないません。配達人は正直にそう言いました。
村長さんはにこやかな顔に戻って「そうだろうとも。私は配達人さんを疑ったりなんかしちゃいないよ。きっと何か誤解があったんだろう。いまあっちの村の村長さんに手紙を書くから持っていってはくれないか」と言いました。配達人はほっとしてわかりましたと答えました。
配達人は村長さんの家を出で、今度はあっちの村へ配達に出発しました。二つの村は仲が良いので配達する手紙はたくさんあります。
あっちの村について村長さんに手紙を渡すと、それを読んだ村長さんの顔がだんだん怒った顔になっていきました。「これはどういうことなんだ。すぐに手紙を書くから急いで配達してくれ」。配達人さんは他の人の手紙も集めずにすぐにそっちの村の村長さんへの手紙を配達するために出発しました。
手紙をそっちの村の村長さんに渡すと村長さんは怒って急いで手紙をどどけるように言いました。その手紙をあっちの村の村長さんに届けると、やっぱり村長さんは怒って急いで手紙を届けるように言いました。そういったことが何回も何回も繰り返されました。
ところで、村長さん同士の手紙のやり取りが続いているうちに、2つの村の様子がだんだんと変わってきました。仲が良かった2つの村の人たちは、だんだんお互いの悪口を言い合うようになりました。お互いの村の悪口だけではなく、同じ村の中の人同士でも悪口を言い合うようになりました。あんまりに悪口を言い合うのですから、みんな嫌になって次第に口も効かなくなりました。
配達人はだんだんと手紙を配達するのが嫌になってきました。せっかく手紙を届けても怒ったような顔になるし、村の人たちも配達人は相手の村の味方に違いないと言って悪口を言ってくるようにもなったのです。配達人は悲しくなりました。こんな悲しい思いをするのなら手紙の配達なんかやめてしまいたいと思ったのです。手紙の配達の仕事は配達人のおじいさんのおじいさんの、そのまたおじいさんから、ずっとずっと続けていた仕事でした。大好きだった仕事でしたが、今はもう好きではありません。
ある日、とうとう配達人は手紙の配達をやめてしまいました。仕事をやめた配達人はあっちの村とそっちの村のちょうど真ん中くらいに家を立てて一人で住み始めました。なにしろ両方の村から悪口を言われるようになったので、どちらの村にも住むことができなくなったからです。それは寂しいことでしたが、怒った顔を見なくていいし悪口を聞くことも言われることもがなくなりました。
しばらくしたある日、配達をやめた配達人のところに手紙を配達してほしいとあっちの村から青年が訪ねてきました。配達人がもう手紙の配達はしていないことを伝えたのですが青年は、子供が生まれたこと、そっちの村にいるお嫁さんのお父さんお母さんにそのことを伝えたいこと、今では2つの村を行き来するにもみんなが怒るのでまだ伝えられていないことを悲しそうに話してくれました。
配達人は自分はもう配達はしていないけど、そっちの村に行く用事のある旅人がいれば手紙を届けるようお願いすると約束しました。青年はお礼を言いながらあっちの村へ帰っていきました。
しばらくしたある日、配達をやめた配達人のところに手紙を配達してほしいとそっちの村からおじいさんが訪ねてきました。配達人がもう手紙の配達はしていないことを伝えたのですがおじいさんは、娘があっちの村に嫁に行ったこと、もともと体の弱い子だったから元気にしているか心配していること、今では2つの村を行き来するにもみんなが怒るのでどうしているか心配なことを悲しそうに話してくれました。
配達人は自分はもう配達はしていないけど、あっちの村に行く用事のある旅人がいれば手紙を届けるようお願いすると約束しました。その代わりそっちの村に帰るときに自分の代わりに手紙を届けてほしいとお願いしました。おじいさんは手紙を受け取るとお礼を言いながらそっちの村へ帰っていきました。
そんなことが何回か続いたある日、配達人のところに若い子連れの夫婦と老夫婦が訪ねてきました。2つの夫婦は配達人の家で夜遅くまで語り合い、とても名残惜しそうに翌日お互いの村へ帰っていきました。
それからというもの2つの村のいろいろな人たちが、あっちの村とそっちの村の真ん中くらいにある配達人を訪ねてくるようになりました。はじめは配達人の家で迎えていたのですが次第に来るひとの数も増えてきて、入りきれなくなりました。そうこうするうち配達人の家の近くに宿ができ、お店ができ、だんだん引っ越してくる人ができてきました。あの若い子連れの夫婦と老夫婦も引っ越して一つのうちに住むようになりました。
あっちの村ではだんだん引っ越していく人が増えてきて少しずつ村が寂しくなっていきました。そっちの村でも同じように引っ越していく人が増えて生きて少しずつ村が寂しくなって行きました。それでも2つの村はお互いの村の悪口をいうことはやめませんでしたし引っ越していく人の悪口も言うようになりました。ですが、不思議なことに配達人の家の近くに引っ越した途端、みんな悪口を言わなくなりました。それは配達人の家の近くはあっちの村でもそっちの村でもないからでした。
配達人の家の近くはだんだんとりっぱな村のようになっていきました。2つの村から引っ越してくる人は増えていく一方でしたし新しいお店や新しい旅人もたくさん来るようになりました。そっちの村の村長さんも引っ越してきました。引っ越してきた村長さんは配達人に今までのことをあやまり、配達人に2つの村の間に新しくできた村の村長になるようお願いしました。周りに引っ越してきた人たちも賛成し、配達人はあっちの村でもないそっちの村でもないこっちの村の村長になりました。
そんなある日、こっちの村の村長になった配達人のところに一人の若者が訪ねてきました。若者はあっちの村の村長の息子であること、父親であるあっちの村の村長が病気でなくなったこと、配達人に謝りたいと言っていたことなどを伝えました。配達人は若者にこれからどうするのか、こっちの村に引っ越してはどうかと言いました。
若者は首を横に振りこれから旅に出る予定ですと答えました。配達人が旅立つ若者を見送ろうとすると、若者はここでで結構ですといい旅立つ自分には不要なものだからと一つの袋を配達人に渡し旅立っていきました。
袋の中には古ぼけた箱と一通の手紙が入っていたということです。