パリ五輪をみてフランス革命を思い出した話

日記
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この間のパリ五輪のオープニングの演出を見て、そういえばコテンラジオでフランス革命の話やってたなと聞いてみた。聞いてみた結果、人類史における大転機になったイベントではあったんだけど、それは誰にとっても素晴らしいと言えるものではなかったというのは両立するよねという話で。

フランス革命の発端は様々あるけど、啓蒙主義と民主主義に目覚めた上級民衆と、それに迎合する一部貴族、明日も知れず飢餓と死の恐怖にかられた一般民衆(農民)の有機的コラボレーションの結果なわけで。

でも、やっぱり革命の中核をなしたのは、啓蒙主義と民主主義に目覚めた上級民衆の熱狂と情熱だったって話があって、やっぱりそういうものを形作り、方向性を作る何か、ムーブメントは、冷静な議論や建設的な批判とは別に必要なものなんだろうなという気持ちにもなる。

まぁ、その熱狂と情熱が行き過ぎて、理想に走り、その結果として理想を実現するための恐怖政治に陥り、その反動からナポレオンを生んでヨーロッパ全体が叩き落されるという後日譚も忘れてはいけないのだけど。

革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるから、いつも過激なことしかやらない。しかし革命の後では、気高い革命の心だって、官僚主義と大衆に飲み込まれていくから、インテリはそれを嫌って世間からも政治からも身を引いて世捨て人になる

こういうセリフがあるけど、インテリがうっかり革命に成功すると、だいたい潔癖・完璧主義から始まる恐怖政治と、それを起点とした政治的混乱が発生して、みんな大変なことになるっていうのが、パターンな気がする。革命後の恐怖政治って割とこのパターン。

あと、今回の話とは全然別だけど、ルソーの紹介が身も蓋もなくてよかった

私生活においては、マゾヒズムや露出癖、晩年においては重度の被害妄想があった。こうした精神の変調の萌芽は若い頃からあり、街の娘たちの前で下半身露出をして女性の連れの男性に捕まった。更に自身の5人の子供を、経済的困窮と内縁の妻テレーズの縁者からの集りに耐えかねて孤児院に送った。自身の著書『告白』などでそれらの行状について具体的に記されている。

ジャン=ジャック・ルソー – Wikipedia

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